概要2

メジカ一本釣り名人

『四万十まるごと・はたも~ら』の
我家(うち)のだしシリーズの めじかだし。




『香りカツオに 味めじか」と言われ、
この めじか(目近)は、旨みの強いだしの源ながよ。
土佐清水沖で獲れるめじかは うどんや そばのダシとして、 
全国シェアの70~80%を占めてるらしい。





下ノ加江のナカジマさんは めじかの 一本釣りで40年。
ナカジマさん・・「われ、夜明け前の 3時ころにゃ出港して、
      体力勝負の一本釣りで、夕方に帰ってくるがよ」
あたし・・「おっとろっしゃ!えらい仕事じゃねぇ、、、」
ナカジマさん・・「そうよ。けんど わしら、それしか知らんけんねや」

悪ことしのナカジマさんは、
高校出てから 40年。おやじさんの跡継いで 船に乗ったらしい。




昭和40年~50年頃が一番の好景気で、
当時はめじか船が80隻ばぁ おったらしいけんど 今じゃ40隻くらい。
ナカジマさん・・「みんな歳とって、平均すると70歳ばぁ。
      若い衆は数人しかおらん。このままいくと 20年後にゃ
      下ノ加江から めじか船が おらんようになる、、、」

結局のところ、漁業も農業も 一緒で、
日本人にとって 欠かす事のできん お米や魚。
その 生産や漁獲を 延々と営んできたお百姓や漁師さんが 
今、生活できんようになってきた。
これまでの 日本をささえてきたはずながじゃに、、、
どこで どう間違ったのか、、、
なんとも可笑しい、いや 悲しい話と思うのはあたしだけじゃろうか、、、。
今、世間を騒がしよる TPPに加盟しようが するまいが、
その内、日本産のお米や 美味しい鮮魚も食べれんようになりゃせんろうか、、、

と、なんとも淋しい話になってきた。 
「まぁ 食べてみた」と、奥さんのミホさん。





めじかの天ぷらとすまし汁。
その昔、あたしは三原で 下ノ加江の天ぷらを よう食べた。
あたし・・「こりゃ 旨い。懐かしい味じゃねぇ、、、」
ミホさん・・「じゃろう、、、やるけん持って行ったや」
と、ぎょうさん くれた。




ちなみに、ここ下ノ加江の中学校が 休校となった。
うちで 記念誌を作成させて もうろうたがよ。






この 記念誌の中に 
こじゃんとえい写真があるけん 見てみてや。
たまげんと おってよ。








昭和20年代の頃 消防団は 花形じゃったらしい。












いかだは なくてはならない 交通手段じゃったとか、、
めじかは昔から 天日で干しよった。



「涙が出るばぁ 懐かしい・・・」
と 思うてくれる人がおったら ざまに嬉しい限りです。


  wasuke

  

12:41 | スタッフブログ 

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