四万十川の沈下橋とは、増水時に川に沈んでしまうように設計された欄干のない橋のことです。
緑の山々に青い四万十、そして沈下橋という風景は、もっとも四万十川らしい風景。
四万十川で3番目に長い沈下橋。初夏のホタル、夏場のキャンプ時はたくさんの観光客で賑わいます。
建設年月日:昭和48年
全長:232.3m
幅員:3.4m
中村駅より車で25分。
バスは江川崎行で高瀬橋下車
月別アーカイブ: 2011年5月
四万十川の沈下橋とは、増水時に川に沈んでしまうように設計された欄干のない橋のことです。
緑の山々に青い四万十、そして沈下橋という風景は、もっとも四万十川らしい風景。
下流側から数えて2つめの沈下橋。下流の今成橋と比べると、訪れる人は少ないですが、夕日に映された風景は隠れた絶景です。
建設年月日:昭和38年
全長:145.8m
幅員:3.3m
中村駅より車で20分。自転車で50分。
四万十川の沈下橋とは、増水時に川に沈んでしまうように設計された欄干のない橋のことです。
緑の山々に青い四万十、そして沈下橋という風景は、もっとも四万十川らしい風景。
佐田(今成)沈下橋は四万十川の一番下流に位置し、最長の沈下橋です。
一番有名な沈下橋で、観光シーズンは多くの観光客の皆さんで賑わいます。
正式名称は「今成沈下橋」ですが、地元では通称の「佐田沈下橋」と呼ばれています。
建設年月日:昭和47年
全長:291.6m
幅員:4.2m
一條神社は、文久2(1862)年、中村御所跡の一部の小森山山頂にあった一条家御廟所跡に、土佐一条氏の遺徳を偲ぶ有志によって建立されました。
土佐一条氏は応仁の乱を避け下向した前関白一条教房に始まり、以後4代、中村の文化、経済の発展に力をそそぎました。
この神社には教房の父、兼良を始め、土佐一条氏歴代の霊を祀っています。
市民には、「いちじょこさん」と親しまれ、毎年11月に行われる大祭は、土佐の3大祭の一つに数えられています。現在の社殿は、昭和19(1944)年の建立です。
幕末から明治にかけて、幡多地区の各部落では泊り屋を建てて若い衆が宿泊する風習がありました。幡多地区の泊り屋(やぐら とも言った)は、すべて高床式の独立家屋で、百数十ヵ所も設置されていました。これらの泊り屋も明治末期から大正にかけて平屋建の公会堂に建てかえられたり、破壊されたりして、現在では、この芳奈部落に四つの泊り屋が残っています。浜田の泊り屋は、桁行二間、梁間二間、木造高床式平屋建入母屋造り桟瓦ぶきで、栗の自然木を四隅の柱に使った最も風格のある建物です。













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