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	<title>せいぶ印刷工房　　&#124;　　はたもーら &#187; 人物図鑑</title>
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	<description>高知県西南部、幡多地域の物産・観光・歴史など、いろいろな情報をも～らしたサイトです</description>
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		<title>まだまだ造り続けたい。</title>
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		<pubDate>Sat, 27 Apr 2013 00:39:03 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[tsuzuki]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[人物図鑑]]></category>
		<category><![CDATA[幡多情報]]></category>

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		<description><![CDATA[　上岡洋介　&#60;自宅アトリエにて&#62;●転機　指導者のいない高校の美術部員3人は「ちゃんと美術を習いたい」という思いで暗中模索の日々をおくっていた。そんなとき、四万十市の画廊で後に師匠となる宮崎嘉夫さんと出会う。放 [&#8230;]]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[
<p><img src="http://www.40010.com/wordpress3/wp-content/uploads/2013/04/017.jpg" title="01" width="637" height="444" class="alignnone size-full wp-image-5481" /><br />　<strong>上岡洋介　</strong>&lt;自宅アトリエにて&gt;<br /><br /><strong>●転機</strong><br />　指導者のいない高校の美術部員3人は「ちゃんと美術を習いたい」という思いで暗中模索の日々をおくっていた。そんなとき、四万十市の画廊で後に師匠となる宮崎嘉夫さんと出会う。放課後3人は、自転車で山路の宮崎さんのアリトエに通い詰める様になる。そこで宮崎さんに師事している一般の人達に交じって、同じモチーフを描いて展覧会に出品した。油絵を専門的に学ぶ環境を得た上岡は絵画の技術・制作の精神を習得した。<br /><br />　目的に向かって歩みだした上岡は、大阪芸術大学に合格する。4年間、具象絵画を専門的に学び、卒業後は幡多に帰って来る。県展・四万十市展などに意欲的に出品し、【県展】洋画特選1回・褒状3回、【市展】洋画無鑑査・褒状4回などの評価を受けている。<br />　2009年10月 第63回 高知県美術展覧会 特選を受賞した作品からは、貪欲に新たな試みを続ける、制作者としての強烈な探求心がうかがえる。指導者として、もの造りに携わる者としてあるべき姿を、指し示しているようにも見える。</p>
<p><span id="more-5468"></span><br /><br /><br /><strong>●工芸品<br /></strong>　稼業の米穀店を経営しながら、雑貨屋からの依頼で工芸作品の制作にも携わっている。海岸で拾った流木を再生したり、錆の付いたままの金属を利用した商品も造っている。本来の役目を終えた、朽ちたモノの美しさを見いだす。これまでとは違う意外な素材の組み合わせの風合を楽しむ。見るものに新しい味わい方を提案してくれる。<br /><br /><br /><strong>●指導者<br /></strong>　後進の指導にも積極的でこれまでに5人、芸術大学合格へと導いている。地域の人々への絵画指導にも意欲的で、四万十市からの要請で平成18年から、ふれあいセンターの絵画教室<br />（11月〜3月）で一般を対照に指導している。<br /><br /><br /><strong>●予感<br /></strong>　自宅敷地内に併設されるアトリエの壁面に編集者は目がとまった。歯車・バネ・クサリ・クランプ・ノコギリ…第三者にはゴミ同然のモノが、上岡に見いだされ壁に掛けられていた。作品の素材となるのか、工芸品の部品となるのか、単体のオブジェとして成立しそうなモノが出番を待っていた。まだまだ造り続けたい。造り手・上岡の明確な意志が感じらえる。新しい作品の胎動とも言える次回作誕生を予感した。<br /><br /><br /><br /><br /></p>
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		<title>『夢』に向かって・・・</title>
		<link>http://www.40010.com/archives/3248/</link>
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		<pubDate>Thu, 18 Oct 2012 00:31:45 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[tsuzuki]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[人物図鑑]]></category>
		<category><![CDATA[幡多情報]]></category>

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		<description><![CDATA[目標はレーサーになる事     「四歳の頃、父がスカイラインの『ハコスカ』に乗りよって、ハンドルを握ったことを覚えちょる」と、泰士さん。   父の「車好き」の影響で、子どもの頃から車マニア。中学生の時、ＴＶで見たレースに [&#8230;]]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[
<h2 style="text-align: left;">目標はレーサーになる事</h2>
<p><img src="http://www.40010.com/wordpress3/wp-content/uploads/2012/10/17.jpg" width="240" height="302" class="size-full wp-image-3270 alignleft" /></p>
<p> </p>
<p> </p>
<p>「四歳の頃、父がスカイラインの『ハコスカ』に乗りよって、ハンドルを握ったことを覚えちょる」と、泰士さん。</p>
<p> </p>
<p>父の「車好き」の影響で、子どもの頃から車マニア。<br />中学生の時、ＴＶで見たレースに衝撃を覚え、レーサーになることを夢みた。</p>
<p> </p>
<p style="padding-left: 30px;"><br /><br />高校卒業の際、父より「大学を卒業したら好きなようにしろ！」と言われ北九州の大学へ進学。とにかくレーサーになる事しか頭になく、アルバイトをしながら小倉のレーシングチームに所属し、車に明け暮れる毎日だった。<br /><br /></p>
<p style="padding-left: 30px;"><span id="more-3248"></span><br /><br /><br />大学三年の時、「もっと上を目指したい」と、イギリスのレーシングスクールへ入学。<br />「本場イギリスでの大会に出場し表彰台（三位）に上がった事は楽しい思いで。そしてこれでいけると思った」と泰士さん。　<br />日本へ帰り、山口県のレーシングチームに所属、鈴鹿など国内のレースにも出場した。<br /><br /><br />二十四歳の時、「もう一度本場イギリスで！」と渡英し、一年間レースに明け暮れる。<br />しかし、レース業界で生きて行くには莫大な資金がかかり、大手スポンサーがつかない限り続行不能となり、結果断念、郷里に帰る事になった。<img src="http://www.40010.com/wordpress3/wp-content/uploads/2012/10/41.jpg" width="300" height="189" class="alignright size-full wp-image-3273" /></p>
<p> <br /><br /><br /><br /><br /><br /> </p>
<p><br /><br /><br /><br /></p>
<p> </p>
<h2><br />あらたケアサービス開業</h2>
<p> </p>
<p><strong>「プロのレーサーにはなれなかったが、夢をあきらめずに進んで行くことが一番大事な事だった」</strong></p>
<p style="padding-left: 30px;">と、泰士さんは振り返る。<br /><br /><br />四万十に帰り、ぽっかりと心に穴が空いていた時、愛媛の叔父さんの「これからは老人介護・福祉の仕事」の一言がヒントを与えてくれた。<br /><br />　早速ヘルパーの資格を修得し、現場でのボランティアを経験後、二十九歳の時『あらたケアサービス』を開業。<img src="http://www.40010.com/wordpress3/wp-content/uploads/2012/10/71.jpg" width="140" height="157" class="alignright" /><br />現在、四万十市中心に幡多一円、飛び廻っている。<br /><br />　在宅で過ごされているお年寄りの方々に、介護福祉士やホームヘルパーを派遣、また宅配弁当など生活面での援助を提供している。<br />「大変な仕事だけれど、『来てもらって良かった』と言ってもらう事が一番嬉しい」と、泰士さん。</p>
<p><br /><br /><br /><br /></p>
<h2> 子どもたちに『夢』を</h2>
<p> </p>
<p style="padding-left: 30px;">「夢をもつ事の大切さを知ってほしい」<br /><br />と、次世代を担う子ども達に、様々な分野で活躍されているプロの方々をお招きして、講演会やイベントを開催している。<br /><br />　また、ビートスカッシュ・あらた杯主催や、最近日本でも人気のスラックライン四万十大会の開催にむけての準備も進めている。<img src="http://www.40010.com/wordpress3/wp-content/uploads/2012/10/53.jpg" width="210" height="181" class="alignright" /></p>
<h2><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /></h2>
<h2>アラタ・ドリームプロジェクト</h2>
<p> </p>
<p style="padding-left: 30px;">「幡多のアイドルユニット作ろうよ！」と、一般公募で女性五人組<strong>『レーヴ』</strong>を結成。<br />現在、ダンスや歌など特訓中で、今年の十一月デビューを目指している。<br /><br /><strong>「ざまに忙しいけんど、皆さんに助けて頂きながら自分も楽しんでやっている」</strong><br />と、笑顔を絶やさない泰士さんでした。</p>
<p style="text-align: center;"> <img src="http://www.40010.com/wordpress3/wp-content/uploads/2012/10/62.jpg" width="200" height="214" class="size-full wp-image-3256 aligncenter" /></p>
<p> </p>
<p> </p>
<p> </p>
<p>  </p>
<p> </p>
<p> </p>
<p> </p>
<p><img src="http://www.40010.com/wordpress3/wp-content/uploads/2012/10/22.jpg" width="150" height="118" class="alignleft size-full wp-image-3252" /></p>
<p> </p>
<p> </p>
<p> <br /><br /><br /><br /><br /><br /></p>
<p>荒川　泰士<br />昭和51年1月8日生れ<br />有限会社あらたケアサービス<br />四万十市具同6253-11<br />TEL 0880-31-1313</p>
]]></content:encoded>
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		<title>第二の人生は「百姓」</title>
		<link>http://www.40010.com/archives/2858/</link>
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		<pubDate>Sat, 06 Oct 2012 01:03:22 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[tsuzuki]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[人物図鑑]]></category>
		<category><![CDATA[幡多情報]]></category>

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		<description><![CDATA[            のどかな三原の山間で、今日もい～ちゃんは元気に大根の種まきに精を出している。い～ちゃん（東 伊豆雄さん）は８年前よりふる里に帰り、米や野菜作りをしているお百姓さん。「畑が2.5反、田んぼがおよそ５ [&#8230;]]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[
<p> </p>
<p><img src="http://www.40010.com/wordpress3/wp-content/uploads/2012/10/81.jpg" width="61" height="737" class="alignright size-full wp-image-2859" /><img src="http://www.40010.com/wordpress3/wp-content/uploads/2012/10/13.jpg" width="200" height="206" class="size-full wp-image-2861 alignleft" /></p>
<p> </p>
<p> </p>
<p> </p>
<p> </p>
<p> </p>
<p>のどかな三原の山間で、今日もい～ちゃんは元気に大根の種まきに精を出している。<br /><br /><br />い～ちゃん（東 伊豆雄さん）は８年前よりふる里に帰り、米や野菜作りをしているお百姓さん。<br />「畑が2.5反、田んぼがおよそ５反くらい。一人じゃけん精一杯よ」<br />とい～ちゃん。<br /><br /><br />奥さんの俊子さんは、<img src="http://www.40010.com/wordpress3/wp-content/uploads/2012/10/32-230x300.jpg" width="145" height="189" class="size-medium wp-image-2887 alignright" /></p>
<p><strong>「私は都会育ちやから、田舎に帰ってお百姓仕事はできん！」</strong></p>
<p>と、猛反対だったとか。<br />でも今では旦那様の良き理解者としてお手伝いをしている。<br /><br /><br />「収穫した野菜やお米は、全部ふれあい市かお客さまへの直接販売。作り手、売り手、買い手の顔が見えんと不安ながよ」<br />と、い～ちゃん。<br /><br />自分の作った野菜が「おいしかったぜ！」と言って頂く事に最大の喜びを感じるそうです。</p>
<p> </p>
<p><span id="more-2858"></span></p>
<p> </p>
<h2><br />三原村へＵターン</h2>
<p><br />い～ちゃんは昭和20年生まれの66歳。<br />地元の学校を出て、自衛隊に入隊。<br />北海道の帯広駐屯地で頑張ったそうですが、性が合わず26歳の時、神戸の三井グループ系の会社に就職し、クレーンオペレーターとして32年間勤めた。<br />57歳で早期退職し、郷里の三原村に帰ってきた。<br /><br /><br />「退職する時点で、三原に帰って農業することは決めていた。問題は女房を説得する事じゃった」と、笑いながらい～ちゃん。</p>
<p>第二の人生として田舎に帰り農業、といってもそう簡単にはいかなかった。<br />「知識もないし農具もない。<br />まずは土造りから始まりとにかく苦労の連続だった」と振り返る。<br /><br /></p>
<h1 style="text-align: left;"><br /><br /><strong>お日さまと大地の恵み</strong><img src="http://www.40010.com/wordpress3/wp-content/uploads/2012/10/61.jpg" width="180" height="77" class="size-full wp-image-2890 alignright" /></h1>
<p style="text-align: left;">毎日、菜園関係の本を読みあさり、全て自己流で栽培に挑戦。<br />今では四季折々、旬の野菜を作っている。</p>
<p><br />「旬のない現代の食生活はいかん。昔からの季節に応じた日本の食文化はどこに行ったんじゃろう！」</p>
<p>と、い～ちゃんはビニールハウス菜園はせず、露地栽培にこだわっている。<br /><br />「春はえんどうや玉ねぎ、夏はきゅーりやスイカ、秋はかぼちゃにさつま芋、冬は大根、白菜、ブロッコリー等々」<br />と、自然に逆らわず、お日さまと大地の恵みを一番大切にしている。お米も富山県のコシヒカリ100％種子を毎年取り寄せて栽培している。<br /><br /><br />販売に関しても何も解らなかった。<br /><br /></p>
<p>ある時、ほうれん草を市場に持って行ったら「一束10円」。包装と手数料引いたら３円しか残らない。</p>
<p>「店頭１００円で売られているものが作り手には３円の利益。千束つくっても三千円。これじゃあ苗代はおろか汗代すらでない！」とがっかり。以来、自分の作った物は直販所に置いてもらう事にした。<br /><br /><br />「お米も野菜も土と水が命。そして<strong>『美味しく育て！』</strong>と作物に念じて作りよるがよ」と底抜けに明るい笑顔で話してくれた、い～ちゃんでした。</p>
<p> </p>
<p> <img src="http://www.40010.com/wordpress3/wp-content/uploads/2012/10/52-150x150.jpg" width="150" height="150" class="alignnone size-thumbnail wp-image-2893" /></p>
<p>東  伊豆雄<br />昭和20年8月7日生れ<br />幡多郡三原村下長谷</p>
]]></content:encoded>
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		<title>スノーボードで世界を飛んだ！</title>
		<link>http://www.40010.com/archives/2818/</link>
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		<pubDate>Fri, 05 Oct 2012 07:53:15 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[tsuzuki]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[人物図鑑]]></category>
		<category><![CDATA[四万十市]]></category>
		<category><![CDATA[幡多情報]]></category>

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		<description><![CDATA[ふる里は四万十川   2002年、ソルトレイクシティ冬期オリンピックの女子スノーボードに出場した橋本通代さんが、ふる里に帰ってきた。通代さんの生まれは大阪の寝屋川市だが、「母が四万十市川登の出身で、子どもの頃はよく四万十 [&#8230;]]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[
<h2><br />ふる里は四万十川<img src="http://www.40010.com/wordpress3/wp-content/uploads/2012/10/91.jpg" width="300" height="225" class="size-full wp-image-2842 aligncenter" /></h2>
<p> </p>
<p style="padding-left: 30px;">2002年、ソルトレイクシティ冬期オリンピックの女子スノーボードに出場した橋本通代さんが、ふる里に帰ってきた。<br /><br />通代さんの生まれは大阪の寝屋川市だが、「母が四万十市川登の出身で、子どもの頃はよく四万十川で遊んだ」と通代さん。<br />３年前より両親共にＵターン、２人の子どもと里帰り中です。</p>
<p style="padding-left: 30px;"><br /><br />　通代さんは、『世界一になりたい！』を目標に、わずか３年でプロ資格を取得し、その後、日本女子スノーボードのトップに、そして世界ランキング６位にまでなり、当時<strong>「飛び姫」</strong>と脚光を浴びた素敵な女性です。</p>
<p style="padding-left: 30px;"> </p>
<p> <span id="more-2818"></span></p>
<p> </p>
<h2>体育は苦手だった・・・</h2>
<p> </p>
<p style="padding-left: 30px;">　「幼い頃は引っ込み思案で、運動は苦手だった」と、母・巴さん。明るい性格に変わったのは小学２年の時。体調をくずし入院し、大部屋でいろいろな人たちとふれ合ったのがきっかけだったという。</p>
<p style="padding-left: 30px;">スノーボードを始めるきっかけは「大学卒業後、ワーキングホリディビザでカナダに行き、ホストファミリーの父に薦められた」と通代さん。<br />　カナダから帰国後、練習に明け暮れ、その成果が認められ、1998年ＪＳＢＡプロツアーにて優勝。<br />その後も国内外で転戦し、スノーボードを始めて５年目にワールドカップ２戦連続２位となる。</p>
<p style="padding-left: 30px;"> <img src="http://www.40010.com/wordpress3/wp-content/uploads/2012/10/03.jpg" width="180" height="122" class="size-full wp-image-2834 alignnone" /></p>
<p style="padding-left: 30px;"> </p>
<p style="padding-left: 30px;"> </p>
<p style="padding-left: 30px;"> </p>
<h2>より高く、美しく！<img src="http://www.40010.com/wordpress3/wp-content/uploads/2012/10/11.jpg" width="287" height="236" class="size-full wp-image-2825 alignright" /></h2>
<p style="padding-left: 30px;"><br />通代さんのジャンプの特徴は、一級品の高さ。ソルトレイクシティのオリンピック結果での新聞記事に</p>
<p style="padding-left: 30px;"><br /><span style="color: #000000;"><strong>「青い空に向かってボードをまるで小さな雲のように操り、高々と舞った瞬間、観客から『ウォー』という歓声が響いた。より高く、より美しく、ミっちゃんのシルエットが白銀に映えた」</strong></span></p>
<p style="padding-left: 30px;"> と報道されている。<br /><br />結果は12位（ファイナリスト）。<br /><br /><br /><br />オリンピック出場に至までには、資金面などいろいろな苦労があったという。<br />「たくさんの人たちが心暖まるご支援と応援をしてくれた。感謝の気持ちでいっぱい」<br />と振り返る通代さん。</p>
<p style="padding-left: 30px;">2006年、引退後は、「自分のこれまでの経験を生かし、スノーボードを通じて、キラキラと輝く子ども達を育てたい。」と、子どもスノーボード教室「キララキャンプ」を主宰。<br />スノーボード体験から世界へ飛び出すキッズまでのプログラムを行っている。</p>
<p> </p>
<p> </p>
<h2>「キララ＠四万十」開催</h2>
<p> </p>
<p style="padding-left: 30px;">「四万十は大好き」そしてスノーボードをした雪国も大好きな場所、ということで、「夏は高知の大自然から学び、冬は福島で雪やスノーボードから学ぶ」をコンセプトにしている。<br /><br />　今回は東北から５名のキララキッズが参加。高知市や地元の子ども達とともに、黒尊川での川遊びに、カヌーやキャンプなど５泊６日を大いに楽しみました。<br /><br />　次回は雪国で、ということでこの「雪国・南国プロジェクトをゆっくり進めて行きたい！」と語ってくれた、笑顔が素敵なミっちゃんでした。</p>
<p style="padding-left: 30px;"> </p>
<p style="padding-left: 30px;"> </p>
<p style="padding-left: 30px;"> </p>
<p style="padding-left: 30px;"> </p>
<p> <img src="http://www.40010.com/wordpress3/wp-content/uploads/2012/10/5.jpg" width="150" height="266" class="alignleft size-full wp-image-2841" /><img src="http://www.40010.com/wordpress3/wp-content/uploads/2012/10/31-164x300.jpg" width="143" height="264" class="size-medium wp-image-2845 alignright" /></p>
<p> </p>
<p> </p>
<p style="text-align: center;">橋本　通代<br />1972年7月6日生れ　大阪府出身<br />子どもスノーボード教室<br />「KIRARA　KAMP」主宰</p>
]]></content:encoded>
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	</item>
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		<title>炭焼きは面白いぜ！</title>
		<link>http://www.40010.com/archives/2772/</link>
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		<pubDate>Fri, 05 Oct 2012 01:27:13 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[tsuzuki]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[人物図鑑]]></category>
		<category><![CDATA[幡多情報]]></category>

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		<description><![CDATA[大月が好きじゃけん！ 「２年前、『われ、大月に帰って炭焼きせんか！』 と先輩の中田さんに誘われたのがきっかけでした」と、浜田くんは振り返る。「当時、高知市内で働いてたが、先輩の言葉にノーはない、ということと、いずれは郷里 [&#8230;]]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[
<h1 style="text-align: left;"><span style="color: #800000;"><span style="color: #993300;"><strong><img src="http://www.40010.com/wordpress3/wp-content/uploads/2012/10/1.jpg" width="270" height="360" class="alignright size-full wp-image-2795" />大月が好きじゃけん！</strong></span></span></h1>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #800000;"><span style="color: #000000;">「２年前、</span></span><span style="color: #800000;"><span style="color: #000000;">『われ、大月に帰って炭焼きせんか！』<br /></span></span> <span style="color: #800000;"><span style="color: #000000;">と先輩の中田さんに誘われたのがきっかけでした」</span></span><span style="color: #800000;"><span style="color: #000000;">と、浜田くんは振り返る。<br /><br />「当時、高知市内で働いてたが、先輩の言葉にノーはない、ということと、いずれは郷里の大月に帰って働きたいと考えてた矢先のことじゃった」<br />と浜田くん。<br /><br />　炭焼きに関する知識は何もなかったが、とにかく地元の大月は好きだったので帰ってきた。<br /></span></span><span style="color: #800000;"><span style="color: #000000;"><br />そして大月町では、かつて盛んに「炭焼き」が行われていたことや、ウバメガシの豊かな生産地で、このカシの木を原料とする備長炭は高級品として重宝されることなどいろいろと勉強をした。</span></span> </p>
<p style="text-align: left;"> <span id="more-2772"></span></p>
<h2 style="text-align: left;"> </h2>
<h2 style="text-align: left;"><span style="color: #993300;">伝統産業の復活</span>  </h2>
<p style="text-align: left;"> </p>
<p style="text-align: left;"> 備長炭といえば、和歌山の紀州、宮崎の日向、そして土佐の室戸が有名。<br />どこも後継者不足で、炭焼きの文化が廃れているのも知った。<img src="http://www.40010.com/wordpress3/wp-content/uploads/2012/10/2.jpg" width="150" height="113" class="alignright size-full wp-image-2793" /><br />「まずは修行じゃ！」<br />と、室戸で研修。<br /><br />焼き方や炙り方、そして炭化と勉強していくうちに、だんだんと炭焼きの魅力にはまってしまった浜田くん。<br /><br />窯に火を入れて炭が出き上がるまで、約17～18日かかる。<br /><span style="color: #800000;"><span style="color: #993300;"><strong><img src="http://www.40010.com/wordpress3/wp-content/uploads/2012/10/4-150x150.jpg" width="150" height="150" class="size-thumbnail wp-image-2794 alignright" /></strong></span></span><br />「まだ２年目じゃけんど、毎日が面白ろうてたまらん。火のかげんから炭化するタイミングなど、ちゃんと管理せなぁ良い炭はできん。将来、この仕事が大月町の伝統産業の復活となるように頑張りたい」<br />と、意欲を燃やす浜田くん。</p>
<p style="text-align: left;"> </p>
<p style="text-align: left;"> </p>
<h2 style="text-align: left;"><strong><span style="color: #993300;"> </span></strong></h2>
<h2 style="text-align: left;"><strong><span style="color: #993300;"> </span></strong><strong><span style="color: #993300;"> </span></strong></h2>
<h2 style="text-align: left;"><strong><span style="color: #993300;">備長炭の魅力</span></strong> </h2>
<p style="text-align: left;"> </p>
<p style="text-align: left;"><strong> 　</strong>現在、国内使用の炭の約８割は中国産。それでも、こだわりの焼鳥屋さんとか料亭では、「国産の備長炭でないと使えない！」と言ってくれるお客様たちがいる。</p>
<p> </p>
<p style="text-align: left;">　かつて、私たち日本人が最も大切にしてきた独特の『風情』を楽しみながら食材をおいしく焼きあげる、という炭火焼きの文化があった。そういうことが見直されていることも確かである。<br /><br />その他、良質の備長炭には高い防臭効果や無数の穴による吸湿効果、また、水と適度な風<img src="http://www.40010.com/wordpress3/wp-content/uploads/2012/10/6.jpg" width="140" height="105" class="alignright size-full wp-image-2812" />によりマイナスイオンが発生し、空気を清浄に保つ特性を持っている。<br />「炭焼きはすべて手作業で大変じゃけんど、火をおこす以外にも、いろいろと重宝がられる。早く一人前になってヨメさんをもらいたい」と、力強く話してくれた浜田くんでした。</p>
<p style="text-align: left;"> </p>
<p style="text-align: left;"> </p>
<p><span style="color: #800000;"><strong><span style="color: #993300;"> </span></strong></span></p>
<p><span style="color: #800000;"><strong><span style="color: #993300;"> </span></strong></span></p>
<p><span style="color: #800000;"><strong><span style="color: #993300;"> </span></strong></span></p>
<p><span style="color: #800000;"><strong><span style="color: #993300;"><img src="http://www.40010.com/wordpress3/wp-content/uploads/2012/10/9.jpg" width="126" height="168" class="size-full wp-image-2784 alignleft" /></span></strong></span> </p>
<p> </p>
<p style="text-align: center;"> </p>
<p style="text-align: center;"> </p>
<p> </p>
<p>浜田　勝正<br />昭和61年4月14日生 </p>
<p> </p>
<p> 大月町伝統産業育成協議会<br />高知県幡多郡大月町弘見2610<br />TEL　0880-73-1633<br /><a href="http://www.otsuki-binchotan.com/" target="_blank">http://www.otsuki-binchotan.com/</a></p>
<p> </p>
<p> </p>
<p> </p>
<p> </p>
<p> </p>
<p><img src="http://www.40010.com/wordpress3/wp-content/uploads/2012/10/8-168x300.jpg" width="121" height="216" class="size-medium wp-image-2806 aligncenter" /></p>
<p> </p>
<p> </p>
<p>  </p>
<p> </p>
<p> </p>
<p> </p>
]]></content:encoded>
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	</item>
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		<title>文化の創造者</title>
		<link>http://www.40010.com/archives/2503/</link>
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		<pubDate>Wed, 05 Sep 2012 04:51:55 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[tsuzuki]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[人物図鑑]]></category>
		<category><![CDATA[幡多情報]]></category>

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		<description><![CDATA[    陶芸を通じて、生涯「自分さがし」の旅     四万十市安並で陶房「ねねむ」を主謀している橋村夫妻。 夫婦でありながら、お互いのアイデンティティを確立して行く上において、なくてはならない相互関係を築いている。 二人 [&#8230;]]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[
<p style="text-align: center;"><img src="http://www.40010.com/wordpress3/wp-content/uploads/2012/09/111-300x295.jpg" width="300" height="295" class="size-medium wp-image-2537 aligncenter" /> </p>
<h2> </h2>
<h2>陶芸を通じて、生涯「自分さがし」の旅</h2>
<p> </p>
<p> </p>
<p>四万十市安並で陶房「ねねむ」を主謀している橋村夫妻。</p>
<p>夫婦でありながら、お互いのアイデンティティを確立して行く上において、なくてはならない相互関係を築いている。</p>
<p><span id="more-2503"></span><br />二人とも現代工芸美術家協会会員で<br />一彦さんは2005年、06年、09年の3回、日展に入選。<br />るみさんは1983年、第11回中日国際陶芸展「トルソー」に入選。<br />以後、日本現代工芸展等々で活動している陶芸家です。</p>
<p>結婚して30数年、今でもお互いを刺激し合い、創作活動に励んでいる。</p>
<p>一彦さんは土佐清水出身で、中学卒業後、六年間大阪に集団就職。<br />「当時は学びたいけど家庭の事情で学べない人がいっぱいいた」と振り返る。<br /><br />たまたま怪我で入院中、自分を振り返り「もう一度勉強し直す」と決意し、七年遅れで清水高校に入学、そして大学へと進学。<br />卒業後、郷里に帰り教職員となる。</p>
<p> <img src="http://www.40010.com/wordpress3/wp-content/uploads/2012/09/0f51453f452a3025c432136152a4185e.jpg" width="150" height="222" class="alignright" /></p>
<p>「陶芸をやりだしたのは、妻であり師匠でもある、るみさんと知り合ってから」<br />と一彦さん。</p>
<p>これまでの不完全な自分にとって陶芸という手法での自己表現の追求にのめり込むことになる。三年前に教職を退職し、「作品＝自分で、まだまだ不完全。少しでも完全に近づくために創作し続ける」と、一彦さん。<br /><br />彼の妻であり、また師匠でもあるるみさんは、日展（陶芸部門）にて、高知県内で初めて入選した田辺陶豊氏の長女として生まれ、その影響を強く受け、子どもの頃より芸術の環境の中で育ち、迷うことなく多摩美術大学に進学し、洋画、陶芸等を学ぶ。</p>
<p>帰郷し父のもとにて作陶活動を続け、一彦さんと知り合い結婚。</p>
<p> </p>
<p>それが彼女にとっては大きな転換期となる。</p>
<p> </p>
<p> </p>
<p><img src="http://www.40010.com/wordpress3/wp-content/uploads/2012/09/8ac93cde5d832d69456dce8edd4004d6-150x150.jpg" width="150" height="150" class="alignleft" />「それまで、父の影響で創作活動はしてきたものの、『何のために！』というハッキリした目的のない自分がいた。私は一彦さんに造型というテクニックを教えることはできたが、精神的には随分教えられた」と、るみさん。</p>
<p> 夫婦であって、お互い学び合う二人の相互関係がうまくからみ合い、その刺激がより一層の創作意欲に結びついているようです。<br /><br /><br />「涙を流しながら議論したこともあるんですよ」と、芸術家ならではのエピソードも・・・。<br /><br /><br />「現代工芸は、感性をもとにした美の追求で、作品を通して社会に対する何らかのメッセージ性が重要。既成概念を取り外してこそ新しい自分を発見できる面白さがあり、自由な発想の中にこそ感性豊かな作品ができる」<br /><br />と一彦さん。</p>
<p>また、「物質文明一辺倒の現代社会から、もう一度日本人が最も大切にしてきた「心」の文化を見直すべき時。そして田辺陶豊師匠の豊かな創造の精神を受け継ぎ、次世代に引き継ぎたい」<br />と、素敵な作品が無造作に並ぶアトリエで熱く、熱く語ってくれた一彦さんとるみさんでした。</p>
<p> </p>
<p> </p>
<p> <img src="http://www.40010.com/wordpress3/wp-content/uploads/2012/09/41.jpg" width="112" height="149" /></p>
<p>　　　　　　　　　　　<br />橋村　一彦さん、るみさん</p>
<p>1947年5月2日生　　　　1951年8月30日生</p>
<p> 　　　　　　　　　　　</p>
]]></content:encoded>
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	</item>
		<item>
		<title>目指すはホームドクター</title>
		<link>http://www.40010.com/archives/2346/</link>
		<comments>http://www.40010.com/archives/2346/#comments</comments>
		<pubDate>Sat, 01 Sep 2012 05:51:43 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[tsuzuki]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[人物図鑑]]></category>
		<category><![CDATA[幡多情報]]></category>

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		<description><![CDATA[東京生まれ・英国で学び　　現在、四万十市で開院。  「なによりも食べものは美味しいし、自然環境が最高!四万十に住むのは運命だったような気がします」とにこやかに話してくれる小池雄一さん。 　41歳の時、たまたま縁あって四万 [&#8230;]]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[
<h2><img src="http://www.40010.com/wordpress3/wp-content/uploads/2012/09/1.jpg" width="300" height="410" class="alignleft size-full wp-image-2347" /><br />東京生まれ・英国で学び<br />　　現在、四万十市で開院。</h2>
<p> <br /><span style="color: #000000;">「なによりも食べものは美味しいし、自然環境が最高!四万十に住むのは運命だったような気がします」<br /></span>とにこやかに話してくれる小池雄一さん。</p>
<p><br />　41歳の時、たまたま縁あって四万十市に住むことを決意しました。<br /><br />来た当時は、環境の変化や方言など戸惑うこともありましたが、田舎の生活にもすっかり慣れ、また友人もでき、休みのときは趣味のサイクリングで幡多地域を駆け廻っています。<br /><span style="color: #000000;">「健康増進法のひとつ。自転車仲間募集中！」</span>と張り切っています。</p>
<p><br />　現在は四万十市で、２００７年より「こいけクリニック」を開院。<br />訪れる患者様にご安心いただき、気持ちよく過ごしていただけることを第一に心掛けています。</p>
<p><strong> </strong><strong> <span id="more-2346"></span></strong></p>
<p><strong> </strong></p>
<p><strong> </strong></p>
<p><strong> </strong></p>
<p><strong> </strong></p>
<h2><span style="color: #000000;">英国におけるＧＰをめざして<img src="http://www.40010.com/wordpress3/wp-content/uploads/2012/09/61.jpg" width="200" height="141" class="alignright size-full wp-image-2411" /></span></h2>
<p><span style="color: #000000;"><strong>　ＧＰ＝家庭医</strong>(　general practitioner　）</span></p>
<p><br /><br />  １９９８年より３年間英国ウィンブルドンのパークサイド・ホスピタルに勤務。そこで、現在盛んに話題となっている家庭医（ＧＰ）として自分の受け持つすべての患者さんの初期診療をおこないました。<br /><br /><br /><strong><span style="color: #ff00ff;">「</span></strong><span style="color: #ff00ff;"><strong>基本は内科です。次に小児科が重要です。<br />　家庭医なのに子どもの発熱や嘔吐が診れないようではどうにもなりません。<br />　英国では、生後１週間目の乳児検診も家庭医がします。そして産婦人科も必須となります。<br />　妊婦さんの血圧、尿検査、体重チェックなど出産間近までは家庭医がします。」<br /></strong><br /></span>と、小池さん。</p>
<p> </p>
<p>もともとは小児科出身なので内科、小児科は家庭医として問題のない診療を行えましたが、ちょっとしたカウンセリング（精神科）や産婦人科などは各専門医のもとで研修したそうです。<br /><br /><span style="color: #993300;"><span style="color: #000000;">「日本は英国における家庭医が存在しない。もしくは非常に少ないことが問題です</span><span style="color: #000000;">」<br /></span></span>と力説。<br /><br />小池さんは英国でのＧＰを目指して、小児科はもとより患者さんの初期診療に努めています。</p>
<p> </p>
<p> <img src="http://www.40010.com/wordpress3/wp-content/uploads/2012/09/81.jpg" width="104" height="339" class="alignleft size-full wp-image-2386" /></p>
<p> </p>
<p>　■ 小池　雄一　プロフィール</p>
<p>　　1960年7月18日生れ<br />　　東京都中野区出身。<br />　　東京慈恵会医科大学卒業。<br />　　小児科医員を経て国立小児病院（現：国立成育医療センター）<br />　　感染リウマチ科に8年間勤務。<br />　　この間、重症型感染症（主に免疫不全症）とリウマチ患者を多数経験。<br />　　その後、英国ロンドン日本クラブ南診療所所長として、3年間ウインブルドンの<br />　　パークサイド・ホスピタルに勤務。<br />　　2001年四万十市に移住。<br />　　2007年「こいけクリニック」開院。<br /> </p>
<p> </p>
<p><img src="http://www.40010.com/wordpress3/wp-content/uploads/2012/09/44.jpg" width="240" height="101" class="size-full wp-image-2393 alignnone" /><img src="http://www.40010.com/wordpress3/wp-content/uploads/2012/09/73.jpg" width="160" height="101" class="alignnone" /></p>
<p> </p>
<p> </p>
]]></content:encoded>
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	</item>
		<item>
		<title>自学自習</title>
		<link>http://www.40010.com/archives/2238/</link>
		<comments>http://www.40010.com/archives/2238/#comments</comments>
		<pubDate>Sat, 01 Sep 2012 01:26:14 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[tsuzuki]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[人物図鑑]]></category>
		<category><![CDATA[幡多情報]]></category>

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		<description><![CDATA[いいものを追求！　　　　すべてが自分流       年少の頃より絵が好きで、画家をめざし上京。当時の東京はビートルズ来日で沸き返っている頃、高円寺の安アパートで浪人生活。ビル清掃作業など、今でいうフリーターで食いつないだ [&#8230;]]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[
<h2><img src="http://www.40010.com/wordpress3/wp-content/uploads/2012/09/11.jpg" width="300" height="509" class="alignleft size-full wp-image-2244" /></h2>
<h1 style="text-align: left;"><br />いいものを追求！<br /><span style="color: #993300;">　　　　すべてが自分流</span> </h1>
<p style="text-align: left;"> 
<p> </p>
</p>
<p> <span style="color: #993300;"><span style="color: #060200;">年少の頃より絵が好きで、画家をめざし上京。<br /></span></span><span style="color: #993300;"><span style="color: #060200;"><br />当時の東京はビートルズ来日<span style="color: #993300;"><span style="color: #060200;"><span style="color: #993300;"><span style="color: #060200;"><img src="http://www.40010.com/wordpress3/wp-content/uploads/2012/09/2-150x150.jpg" width="105" height="105" class="alignright size-thumbnail wp-image-2240" /></span></span></span></span>で沸き返っている頃、</span></span><span style="color: #993300;"><span style="color: #060200;">高円寺の安アパートで浪人生活。<br /></span></span><span style="color: #993300;"><span style="color: #060200;">ビル清掃作</span></span><span style="color: #993300;"><span style="color: #060200;">業など、今でいうフリーターで食いつないだ。<br /></span></span><span style="color: #993300;"><span style="color: #060200;"> </span></span><span style="color: #993300;"><span style="color: #060200;"><br />当時はアメリカのヒッピーに影響を受けた若者達、<br />俗にフーテンと呼ばれる人たちが出始めた頃で、<br />時代は渾沌としていた。<br /><span id="more-2238"></span><br /></span></span></p>
<p><span style="color: #993300;"><span style="color: #060200;"> </span></span></p>
<p><span style="color: #993300;"><span style="color: #060200;">その頃から<span style="color: #ff0000;"><strong><span style="color: #993300;">『自分の生き方は自分で決める』</span></strong></span>という淳一さんの信条は、現在に至るまで変っていない。</span></span></p>
<p> </p>
<p> <span style="color: #993300;"><span style="color: #060200;"> </span></span>  </p>
<p> </p>
<p> </p>
<p>
<p> </p>
</p>
<p> 
<p> </p>
</p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #993300;"><span style="color: #060200;">22歳の頃、フクモト工芸二代目の父が病気で倒れ帰省。父の職人技を見よう見真似で覚える。<br />その頃は、店舗の陳列ケースや学校、病院、住宅などの家具造りで大変忙しい毎日だった。<br /></span></span><span style="color: #993300;"><span style="color: #060200;">現在は三代目として、弟と二人で制作している。シンプルで飽きのこない家具造りをモットーとし、最近、京町にショールームをオープン。<br /><span style="color: #993300;"><span style="color: #060200;"><img src="http://www.40010.com/wordpress3/wp-content/uploads/2012/09/6.jpg" width="120" height="166" class="alignright" /></span></span><br /></span></span><span style="color: #993300;"><span style="color: #060200;">お客様のご要望に合わせたオーダー家具造りを展開し、インターネットで全国にむけて発信している。<br /><span style="color: #993300;">「幡多ヒノキに代表される四万十川流域の木材は全国的にも良質」</span>と、材、デザイン共に自信をもって<img src="http://www.40010.com/wordpress3/wp-content/uploads/2012/09/5.jpg" width="120" height="81" class="alignright" />いる。<img src="http://www.40010.com/wordpress3/wp-content/uploads/2012/09/4.jpg" width="120" height="81" class="alignright" /><br /><br />インテリア家具に興味のある方は是非、京町のショールームへお越しください。</span></span>
<p> </p>
</p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #993300;"><span style="color: #060200;"> </span></span>
<p> </p>
<p> </p>
</p>
<p style="text-align: left;">
<p> </p>
<h2 style="text-align: left;"><span style="color: #800000;"><strong> </strong></span><span style="color: #800000;"> </span></h2>
<h2 style="text-align: left;"><span style="color: #800000;"><strong>フラメンコギター<br />　　　　　との出合い</strong></span></h2>
<h2 style="text-align: left;"> <img src="http://www.40010.com/wordpress3/wp-content/uploads/2012/09/9.jpg" width="180" height="113" class="alignleft" />　　</h2>
</p>
<p style="text-align: left;">淳一さんには、家具造り以外にもう一つの顔がある。<br />フラメンコギターを始めて43年。<br /><br />今でも即興で弾き出したら止まらない。
<p> </p>
</p>
<p style="text-align: left;">   
<p> </p>
</p>
<p style="text-align: left;">
<p>東京でのフーテン時代、ビルの窓拭きの仕事をしていた頃、</p>
</p>
<p style="text-align: left;">
<p> </p>
</p>
<p style="text-align: left;">雨で仕事は休み。<br />たまたま近くのサンケイホールで、高校生の時観たバルセロナ物語のヒロイン、サラ・レサーナ率いる舞踊団のフラメンコを観て「血湧き、肉踊る」ほどに感激する。
<p> </p>
<p> </p>
</p>
<p style="text-align: left;">粗大ゴミでギターを拾い、毎日ギターを弾いた。音譜も読めずコードも解らず、自学自習をモットーとしている淳一さんは当時、阿佐ヶ谷の喫茶店アランフェスでレコードを聴きながら覚えた。特に、マニタス・デ・プラタ（ジプシーキングスの叔父）が大好きでレコードが擦り切れるくらい聴いた。映画もギター音楽映画ばかり選んで観た。 
<p>  </p>
</p>
<p style="text-align: left;">
<p> <img src="http://www.40010.com/wordpress3/wp-content/uploads/2012/09/10-233x300.jpg" width="140" height="180" class="alignright size-medium wp-image-2291" /></p>
</p>
<p style="text-align: left;">
<p> </p>
</p>
<p style="text-align: left;">中村に帰ってからもギターは独学で勉強。別名「アナドールナ」と呼ばれ、今はなき一条通りの飲み屋「圓家」でのコンサートは今でも語り種になっている。<br /><br />最近では京町通りのイベントでも披露し拍手喝采。<br /><br />現在、田村ギター７本他計13本のフラメンコギターを所持し、ビール大好き（最近は焼酎）、風呂大嫌いの淳ちゃんは、今日もほろ酔い気分でギターを弾いている。 
<p> </p>
<p> </p>
<p> </p>
<p> </p>
</p>
<p><img src="http://www.40010.com/wordpress3/wp-content/uploads/2012/09/12.jpg" width="150" height="99" /></p>
<p style="text-align: left;"><br />福本　淳一さん<img src="http://www.40010.com/wordpress3/wp-content/uploads/2012/09/72.jpg" width="128" height="178" class="alignright" /><br /><br />昭和22年7月3日生れ<br />四万十市</p>
]]></content:encoded>
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	</item>
		<item>
		<title>機嫌よく 楽しく ゴキゲンちゃんで生きたい</title>
		<link>http://www.40010.com/archives/817/</link>
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		<pubDate>Wed, 30 Mar 2011 12:33:44 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[tsuzuki]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[人物図鑑]]></category>

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		<description><![CDATA[四万十市名鹿の小高い山中で農場を営む一圓信明さん。ひいおじいさんがこの場所で農業を始め、おじいさん、お父さんと続き、四代目になる。姉二人の長男末っ子で生まれた信明さんも小さな頃から農業を継ぐ事を意識していたが、幡多農業高 [&#8230;]]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[
<p><img src="http://www.40010.com/wordpress3/wp-content/uploads/2011/03/ichien01.jpg" alt="いちえんさん" title="いちえんさん" width="218" height="556" class="alignleft size-full wp-image-818" />四万十市名鹿の小高い山中で農場を営む一圓信明さん。ひいおじいさんがこの場所で農業を始め、おじいさん、お父さんと続き、四代目になる。姉二人の長男末っ子で生まれた信明さんも小さな頃から農業を継ぐ事を意識していたが、幡多農業高校を卒業し、広島で林業を行う会社に就職した。</p>
<p> </p>
<p>その頃は、「木を切ったり、木を切ったり、木を切ったり（笑）」する毎日だったそうだ。そして、21歳で帰郷。農業を手伝いながらも、夜は飲み屋さんでバイト。毎日遊ぶのが楽しくて楽しくてしょうがなかった。 そして、そんな23歳の時、バイト先に飲みに来た５歳年上のケイさんに一目惚れ。それから、毎日、「結婚しょう、結婚しょう！」と言い続け、４カ月後に結婚。それを機に本格的に農業に専念しようと決意した。</p>
<p> </p>
<p><span id="more-817"></span></p>
<h3><span style="color: #339966;">循環型農業</span></h3>
<p>いちえん農場では、ポンカン栽培と土佐ジローの養鶏をメインに、レモン、椎茸、米、炭、蜂蜜などを作ってる。周りの海、山の自然の力を極力利用し、一切農薬を使用せずに循環型農業を営んでいる。</p>
<p> </p>
<p><img src="http://www.40010.com/wordpress3/wp-content/uploads/2011/03/ichien021.jpg" alt="土佐ジロー" title="土佐ジロー" width="239" height="160" class="alignright size-full wp-image-827" />土佐ジローは１５０日以上飼育してから出荷している。（一般的なブロイラーは生後40日で出荷される。）その間、ポンカン畑で放し飼いされて飛び回った（本当に結構飛びます）土佐ジローの肉は歯応え抜群。特にメスは初めての人は少し固いと感じるかも知れないが、一圓さん曰く「メスの方が美味い！」との事だ。</p>
<p> </p>
<h3><span style="color: #339966;">人間の9割は情熱でできている</span></h3>
<p>最近では、小学生を招いて体験学習をしたり、講演を行ったりしている。そこで、感じるのが食育の大切さ。四万十には世界で通じる食材や環境があるが、それを地元の人が感じていない。本当は、小学生より、親や先生に食育をして、地元の素晴らしさを感じて欲しいと思っている。</p>
<p>また、農業が盛り上がる為には、観光が盛り上がらないといけないと思い、自らの農場で民泊をしたいと計画を練っている。「人が人を呼ぶ。やったら、やったばあのことはある！バファリンの半分は優しさ、人間の９割は情熱で出来ている！」と熱く語る一圓さんが情熱の塊だ。</p>
<p>少年野球のコーチもやっていて子ども達には色々教えてきたが、『あいさつ』『はげませ』『あきらめるな』など、教えられた事の方が多い。「自分が出来ていないのに、人に言えるのか？」と自問自答の連続だ。</p>
<p> </p>
<h3><span style="color: #339966;"><img src="http://www.40010.com/wordpress3/wp-content/uploads/2011/03/ichien071.jpg" alt="いちえんさん" title="いちえんさん" width="262" height="228" class="alignright size-full wp-image-830" />未来の子どもたちの為に</span></h3>
<p>一圓さんが求めるのは、子ども達に残せる環境作り。「子ども達が大きくなって子育てが出来る環境を作りたい。」去年から有機農業に切り替え、さらに環境への思いは高まっている。そんな地元と子ども達を愛する一圓さんです。</p>
<p> </p>
<p><img src="http://www.40010.com/wordpress3/wp-content/uploads/2011/03/ichien06.jpg" alt="いちえん農場" title="いちえん農場" width="181" height="97" class="alignnone size-full wp-image-832" /></p>
<p>一 圓 信 明 さん</p>
<p>昭和50年10月５日生・３児の父<br />うさぎ年生まれの寂しがり屋 (＾＾;ゞ</p>
<p>高知県四万十市名鹿465-81<br />TEL&amp;FAX 0880-36-2567</p>
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		<title>道を歩かない人 歩いた跡が道になる人</title>
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		<pubDate>Wed, 30 Mar 2011 05:42:35 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[tsuzuki]]></dc:creator>
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		<description><![CDATA[あきらめたらいかん   ぶどう作りのおんちゃん 「竹島のぶどう作りのおんちゃん」といえば、知る人ぞ知る有名人の池本博さん。建設業を経営していたが、十数年前より時代の流れを察知し、業体変革を図り、昔から「美味しい！」と評判 [&#8230;]]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[
<h2><img src="http://www.40010.com/wordpress3/wp-content/uploads/2011/03/ikemoto2.jpg" alt="池本　博さん" title="池本　博さん" width="214" height="569" class="alignright size-full wp-image-683" />あきらめたらいかん</h2>
<p> </p>
<h3><span style="color: #800000;">ぶどう作りのおんちゃん</span></h3>
<p>「竹島のぶどう作りのおんちゃん」といえば、知る人ぞ知る有名人の池本博さん。建設業を経営していたが、十数年前より時代の流れを察知し、業体変革を図り、昔から「美味しい！」と評判だった竹島梨とぶどう栽培を始める。売り場もいるということで、５年前より産直の「彩り市場」を開業。現在では、梨畑が約１町、ぶどうは約２反、柑橘類を１町５反栽培している。「自分が食べて自信がないと、市場にださない」が信条で、今年も評判が良く完売状態です。<br />農業は「自然相手で気がぬけんが、愛情込めてやればやるほどいい作物ができる」と博さん。現在は、お孫さんの高知県青年農業士の潤くん（28歳）と伶央くん（23歳）の二人に跡を継いでもらっている。</p>
<p> </p>
<p><span id="more-680"></span></p>
<h3><span style="color: #800000;">「負けたらいかん！あきらめたらいかん！」</span></h3>
<p>と、母に言われ続けて過ごした幼年期。戦前、戦中、戦後と激動の時代「貧しさと苦労の連続だった」と博さん。</p>
<p>８歳のとき父が他界。６人兄弟の長男として、母と一緒に家族を支えた。母の言葉の「あきらめるな！」は、今でも生きるうえでの基本としている。<br />当時の尋常小学校を卒業と同時に、石つき職人に弟子入りなど、力仕事は何でもやった。子ども心に「中流の生活」が夢だったが「ただ単に、金儲けだけじゃなく、何かを求める心があった」と博さんは振り返る。それが何なのか、答は出ていないが、今年79歳になった今でも、その「何か」を追い求めているような気がする。</p>
<p> </p>
<h3><span style="color: #800000;">農政局より「功労賞」受賞</span></h3>
<p>池本さんは平成17年３月、中国四国農政局より国営土地改良事業地区において、生産技術あるいは農業経営等の面から創意・工夫を凝らして営農活動を展開し、事業の推進に貢献ということで「営農推進功労賞」を受章。池本さんは「この事業は幡多の農業発展にとって最後のチャンス」として頑張った。</p>
<p>竹島梨と柑橘類のブランド化に向け、計画段階から地元調整等大変だったが「あきらめるな！」を信条に大区画ほ場が完成した。現在は「四万十果友会」として組織化し、共同販売など中心となって活動している。</p>
<p> </p>
<h3><span style="color: #800000;">目標を持つことの大事さ</span></h3>
<p>座右の銘は「道を歩かない人。歩いた跡が道になる人」「半ばは自己の幸せを。半ばは他人の幸せを」の二つ。「人間何かを信じて一生懸命やれば必ず成る」と博さん。「自分は自分の夢を追い求めて生きてきた。</p>
<p>自分達の作った果物が、“美味しい！”と言って食べて頂く事が最高に嬉しい。79歳になってもまだまだ極めてはいないけど、これからも常に上の目標に向かって生きて行きたい」と、夢をもつことの大切さを、目を輝かせながら力強く話してくれた博さんでした。</p>
<p> </p>
<p><img src="http://www.40010.com/wordpress3/wp-content/uploads/2011/03/ikemoto3.jpg" alt="池本　博さん" title="池本　博さん" width="100" height="112" class="size-full wp-image-687 alignnone" /></p>
<p>池本博さん<br />昭和6年9月4日生れ。（79歳）<br />四万十市竹島1-1</p>
<p> </p>
<p><img src="http://www.40010.com/wordpress3/wp-content/uploads/2011/03/irodoriichiba.jpg" alt="彩市場" title="彩市場" width="281" height="179" class="size-full wp-image-688 alignnone" /></p>
<p>四万十市竹島35-4　TEL 0880-31-5500</p>
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